古代日本語 ハ行音の発音について
古代の日本語の発音は現在の日本語の発音と異なり、特にハ行音はh音の発音ではなかったというのが、最近の定説になっているようです。
例えば、2006年に発行され、ベストセラーになった日本語学者、山口仲美著「日本語の歴史」には、次のように書いてあります。〈奈良時代の人は、ハ行音の発音を唇をあわせて、
〔φa〕ファ〔φi〕フィ〔φu〕フ〔φe〕フェ〔φo〕フォのように発音していたのです。
なお、最近では、奈良時代のハ行音は、語頭では「パ」「ピ」「プ」「ぺ」「ポ」と発音されていたという説もでてきています。〉
また、日本語学者、小松英雄著「日本語の歴史」(2001年発行)には次のように書いてあります。〈日本語のハの発音は pa >φa >ha と変化したといわれています。〉
高名な国語学者、山田孝雄博士は、古代日本語「は」行子音「h」はあったと著書に書いておられます。 私も、古代日本語に「は」行子音はあったと考えています。
というのは、この〔ファ〕説、〔パ〕説の根拠の解釈が間違っていると思うからです。
〔ファ〕〔パ〕説の根拠の一つは、室町時代の後奈良天皇(在位1526年~1557年)撰といわれる、次のなぞなぞです。
「母には二たび逢ひたれども父には一度も逢はず」 この謎の答えは「唇」です。 この謎の答えによると、中世以前の母の発音は唇が二度逢うのだから、ファファだったと偉い学者達は考えています。 パパだと冗談みたいに言う人もいます。 でも私はおかしいと思います。 なぜなら、婆婆(ババ)でも唇は二度逢います。 その証拠として、続日本紀で聖武天皇が光明子を皇后にする時の宣命には「皇太子の婆婆(母)でありし藤原夫人を皇后にする」と書いてあります。 婆婆はbaba と読むのが正しく、papaや fafaと読むのは間違いだと思います。 それから万葉集では、母のことを、母、波波、波伴、波播などの万葉仮名で書いています。 そして波、婆、播などは清音でも濁音でも読み、入れ替わって使ってあることもあります。 だから古代では、母のことを、hahaとか habaとか babaとか発音したのではないかと思います。 (余談?ですが、万葉集では母父と書いてあると母父(おもちち)と読みます。現代でも母屋(おもや)と読みますし、韓国語は母のことをオモニと言います。 でも日本語の歴史には母を「オモ」と読むことは、一言も触れておりません。 どうしてでしょう?)
もう一つの根拠はイエズス会の宣教師が、1592年に、ポルトガル語式のローマ字で編纂した天草版「平家物語」に、母のことをfafaと書いているから、16世紀には母の発音はファファだったと日本語学者はいいます。 でもこれもおかしい! フランス語と同じく、ポルトガル語もh音は発音しないので、もしhahaと書くと、発音はアアになります。 ハハに一番近いポルトガル語式のローマ字はfafaだったというだけの話だと思うのですが。
(また余談ですが、coffeeのことを韓国語ではコッピーといいます。日本語はコーヒーですから、英語のfの発音が判らないときは、ピーだというのでしょうか?ヒーだというのでしょうか? この例から考えても、外国語での発音から元の言葉の発音を推測するのは間違っていると思います。)
他に古代日本にh音がなかった証拠として、中国語のh音が日本語では大体k音になっているのは、漢字が入ってきた時に日本語にはh音がなかったからだといわれています。 例えば上海のhai(海) は日本語では kai(海)になっています。 でも中国語を勉強していて気が付いたのですが、中国語のh音は喉音で、日本語のh音は唇音です。 中国語の〔喝〕の発音が私の耳にはフーと聞こえるので、なんども中国人の先生の真似をしてフーと発音してもOKがでず、喉の奥からクーに近い音をだしてやっとOKがでました。 現代日本語にはh音があると言っても、中国語h音とは全然違う音です。 古代日本語に現代日本語と同じh音があったとしても中国語h音とは全然違う音だったのではないでしょうか? 古代日本人は私みたいに音痴でなかったので、その違いに気づいて中国語h音には日本語k音の方が近いと思ったのではないでしょうか?
現代日本語も〔フ〕だけは、正式のInternational Phonetic Alphabetで書けば、〔hu〕ではなくて、〔φu〕と書く、と音声学の本に書いてあります。 でも〔φ〕の発音はどんな音だか知りませんでした。 Da Vinci Codeが大人気の時に、それを英語の原書で読んでいて〔φ〕phi がギリシャ語で、この本の謎解きに重要な意味を持っていることを知りました。この時、そうだこれだ!と思いました。古代日本語のハ行音はギリシャ語の〔φ〕と同じで、今でも日本人はその発音をしている。 英語や中国語のf音でもp音でもh音でもない〔φ〕音を発音しているのだと思い至りました。 (英語のph音はf音になっていますが、ギリシャ語〔φ〕phiの発音は古代末期にはピー、現代はフィだとネットで調べると書いてあります。 京大と東大では〔φ〕を違う発音で教えているようです。 でも、philosophyは下唇を上歯にあてないで、日本式にフィロソフィと発音するのがギリシャ語に一番近いのではないかと思います!?)
大学時代、音声学の授業はいつも限りなくゼロに近い点を取っていたので、音声学に関しては恐れ多くて発言の基礎力もないのですが、いろんな語学のラジオ講座をきいていて感じたことは同じ発音記号を使っていても、全部ちがう発音だということ。 日本が漢字を学んだ中国語や韓国語には清音と濁音の別がないこと。(中国語では同じピンインでも声調によって清音に聞こえたり、濁音に聞こえたりする。 韓国語では、文頭には濁音がなくて、同じ字でも文中で母音の次に来ると濁音に変わる字がある。)
以上、思いつくまま、h音について書きました。2011年7月18日 孝橋明子
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