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癸卯年

卯と兎の隠喩について書いた文章がみつかったので、ここに発表します。

古代朝鮮郷歌と万葉集東歌に共通する

『兎』の暗喩         孝橋明子

 

古代朝鮮の郷歌(ヒャンガ)は、漢字の音訓を使って自国語の歌を表記したものであり、日本の万葉集歌とよく似ています。 その郷歌の一つ、〈薯童謡〉は、高句麗、百済、新羅の神話や説話の歴史書、「三国遺事」の、百済三十代武王の項に出ています。この武王(在位西暦600~641年)の物語は、韓流歴史ドラマ、「薯童謡(ソドンヨ)」として、現在、日韓両国で人気を博しています。このドラマの中で謡われる童謡〈薯童謡〉の漢字の歌詞も画面に映ります。中西進先生が編集された本、「郷歌」によりますと、その中の言葉『卯』の解釈に、いろいろの説があるようです。

私は、ソドンヨのドラマを見ている時、偶然に、テレビの「日めくり万葉集」で、兎を詠んだ東歌を知り、薯童謡の『卯』は、東歌の『乎佐藝』と同じ動物の『兎』であり、また『卯』も『乎佐藝』も「女」とか「共寝」とかを意味する暗喩だと考えました。

まず〈薯童謡〉について述べます。

「三国遺事」から脚色されたドラマ「薯童謡」の物語では、百済三十代武王は幼い時、龍の子といわれ、母と二人で貧しく、自然薯を売って暮らしていたので、薯童(ソドン)と呼ばれていました。新羅の美しい王女、善花公主をみそめ、そのお姫様と薯童の間に情交があるかのような童謡を作り、それを子供たちに歌わせたので、善花公主は宮廷から追い出されてしまいます。それから、いろいろの事があって、薯童と善花公主は結婚し、薯童は、百済三十代の王様になります。

善花公主と薯童の間に情交があると告げる童謡とは、漢字の音訓を使って書かれた、次に記す郷歌(ヒャンガ)の〈薯童謡〉です。

善花 公主 主 他 密 嫁 置古 薯童 房 夜 卯 抱 去

(郷歌では、名詞や動詞、副詞語幹は訓読し、助詞や活用語尾は音読するので、音読部分に囲み線を入れてみました。)

中西進先生編集の「郷歌」と金東昭著「韓国語の変遷」を参考にして、日本語に訳してみました。

善花公主様は 人知れず嫁入りされて 

薯童の部屋に 夜に『卯』を抱いて通う

 

『卯』の解釈は、金東昭著の本では、〈卵〉の誤りであるとし、中西先生編の本では、男女の凹凸を暗示するホゾとかホゾ穴とかに訳してあります。

私は、『卯』は、漢和辞典、中日辞典、玉篇(漢韓辞典)を引くと一番目に出ている「十二支の第四位、動物では兎に当てる」が最適と思い、『卯』=『兎』という説を採ります。

そして『兎』には「女」とか「共寝」とかの暗喩が日本と朝鮮に共通していると思い、その根拠に次の東歌を揚げます。

万葉集巻十四 3529番

等夜乃野尓 乎佐藝祢良波里 乎佐乎左毛 祢奈敝古由恵尓 波伴尓許呂波要

()()()に (をさぎ)(ねら)はり をさをさも  寝なへ()ゆゑに 母に(ころ)はえ

現代語訳(日めくり万葉集より)

等夜の野にウサギを狙うではないけれど おさおさ ろくに共寝もできない 

あの娘のために おっかさんにこっぴどく叱られた

万葉集で兎を詠んだ歌は、これ一つだけで、この歌で見る限り、兎は「女」とか、「共寝」とかを暗に意味していると思われます。

〈薯童謡〉で、‘『卯』を抱いて通う’というのは、‘「共寝」をしに行く’ということを意味していると思われます。

 

百済武王の時代は、日本では推古天皇、舒明天皇の時代ですが、どちらの国にも固有の言葉を書き表す‘ハングル’や‘カタカナ、ひらがな’は 当時まだ存在せず、漢字を工夫して使って自国の歌を書き表すことが共通していることに加え、『兎』の暗喩までもが共通しているのは、とても興味深いことです。