1)はじめに
『萬葉集』西本願寺本影印本で「釼」と表記される字は、大体「ツルギ」と訓読されますが、三首の短歌でその字が「釧 クシロ」に訂正されています。 巻一41番「釼(クシロ)着く手節~」(クシロは手首に着けるので手節(たふし)の枕詞とした)、 巻十二2865番と3148番「玉釼(タマクシロ)巻き寝~」(タマクシロは手や臂に巻くので、「巻」の枕詞とした)の三首です。
2)「狛釼」と「高麗釼」
上記三首に加えて、次の二首も「釼」と表記される字を「クシロ」と訓読する方が良いと思います。 それは巻二199番の長歌と巻十二2983番の短歌です。 「狛釼」.「高麗釼」という語句があり、諸本で「こまつるぎ」と訓読し、「わ」の枕詞とされています。 私は「狛釼」.「高麗釼」を「こまクシロ」と訓読し、「クシロ=環=わ」だから「わ」に係る枕詞だと考えます。
3) 巻二199番の長歌
この長歌は万葉集の最長の歌で、柿本人麻呂が詠んだ高市皇子への挽歌です。 「狛釼和射見我原乃」という語句があり、「狛釼」は「和射見が原」の「和(わ)」に係る枕詞とされています。 諸本の注釈では、「狛釼」⇒「高麗剣」と表記し「高麗剣(こまつるぎ) 和射見我原乃(わざみがはらの)」と訓読され、「高麗剣」はその柄の先に環がある「環頭大刀」だから、環⇒輪⇒和⇒「わ」に係る枕詞だと説明されます。
*和射見我原(わざみがはら)は地名で、現在の関ヶ原のこと。
4)巻十二2983番の短歌
この短歌は「高麗釼己之」という語句で始まり、諸本では「こまつるぎわが」と訓読されて、199番歌同様「高麗釼(こまつるぎ)」⇒「高麗剣(こまつるぎ)」は「己(わ)」に係る枕詞と説明されています。
5)「環頭大刀」は高麗剣か?
「狛釼」.「高麗釼」は諸本で「高麗剣」と表記され、「和(わ)」や「己(わ)」に係る枕詞だとされています。 なぜなら、「高麗剣(こまつるぎ)」はその柄の先に環がある「環頭大刀」のことで、環=輪=わ=和=己だから、高麗剣は「わ」に係る枕詞だと言います。 しかし、高麗剣とはどんな刀剣のことでしょうか?
ほんとうに、高麗剣とは「環頭大刀」のことでしょうか?
6)「環頭大刀(かんとうのたち)」とは?
環頭大刀(かんとうのたち)を『日本国語大辞典』で調べました。
◎かんとうのたち【環頭大刀.環頭太刀】[名詞]柄頭(つかがしら)に環状の飾りのある大刀(たち)。 中国で最も普遍的なもので、飾りのない素環から各種文様が生まれた。日本では、古墳の副葬品として多く出土する。
7)「狛」.「高麗」を調べる
◎こま【高麗.狛】[名詞]①紀元前一世紀から七世紀にかけて中国東北部、朝鮮半島北部にあった国。→高句麗。 ②わが国で朝鮮半島を言う語。③高句麗の帰化人の子孫。 [接頭語]名詞の上に付いて それが朝鮮半島から伝ったものであることを表す語。「こまにしき」[こまつるぎ]など。
8)「こまつるぎ」を調べる
◎こまつるぎ【高麗剣.狛剣】[名詞]高麗伝来の柄(つか)が鐶(かん)になっている大刀。古く西域地方に発達し、中国に伝わって、龍雀大環と呼ばれた。古墳時代から奈良時代の主要な刀剣の様式。
9)「環頭大刀」は中国から直接に伝わった!
環頭大刀が中国から朝鮮や日本に伝わったことは確かですが、必ずしも日本には朝鮮半島経由で伝わったとは限りません。 中国から直接に伝わったものも多いと考えられます。(例えば、漢王朝との深いつながりを想起させる九州の古墳の素環頭太刀など) 万葉集の「狛釼.高麗釼」を「わ」に係る枕詞であると説明するために「狛釼.高麗釼」⇒「こまつるぎ」⇒「環頭太刀」とするのは少し無理があると思います。 それに比べて、「狛釼.高麗釼」⇒「こまクシロ」にすると、「わ」に係る枕詞であると説明するのが簡単です。
10)「狛釼.高麗釼」の訓読は「こまクシロ」が良い
「狛釼.高麗釼」は「こまクシロ」と訓読すると、「わ」に係る枕詞であると説明するのがとても簡単です。 なぜなら、釼=釧=環=わ⇒和⇒己(わ)ですから。 朝鮮半島から伝わった「こまクシロ」ももちろん環状で輪になっています。 多くの朝鮮半島伝来とされる玉釼(たまクシロ)も古墳などから出土しています。
万葉集199番と2983番の「狛釼.高麗釼」は「こまクシロ」と訓読されることを強く願っております。
コメントをお書きください