甲、乙、丁、その意味と読み

一 はじめに

『日本書紀』と『播磨国風土記』を中心に、韓国語を参考に、「甲」の意味と読み、高麗の「乙相」は誰か? 「丁」は何と発音されたのか?等を考えてみました。

二 甲冑

「甲冑」を辞書で引くと「よろいとかぶと」と書いてあります。「甲」は「よろい」でしょうか?「かぶと」でしょうか? 親切な辞書には、「甲=よろい」と「冑=かぶと」を取り違えて用いたので、「甲」には、「よろい」と「かぶと」の両方の意味があると書いてあります。なぜ「甲」を「かぶと」だと間違えたのでしょうか? その原因は韓国語にあると思われます。韓国語で「よろい」はkabot(甲衣)です。古代、日本語で頭にかぶるものを「かぶと」と呼んでいたところへ、韓国から「甲冑」とその文字が入ってきて、発音が似ている「甲」の方を頭にかぶる「かぶと」に当てはめたと考えられます。

 

崇神天皇紀十年条の「甲」を「かわら」と読む注釈書もあります。それは「甲」を脱いだ処を「伽和羅」と名付けたという地名説話との関連からです。この「かわら」は、亀の甲羅の「甲羅」と関係がありそうです。

三 乙

辞書で「乙」を引くと、音読みは「いつ、おつ、」ですが、私は「イリ、オル」などの音読みもあったのではと想像しています。その理由ですが、日本漢字の「たちつてと」は韓国漢字の「ラリルレロ」になることはよく知られています。例えば、「一 いち イル」「吉 きち キル」。

しかし、『播磨国風土記』では、「達 たち タリ」のように、日本漢字が日韓両方の発音になっています。

例えば、飾磨郡因達里で、「因達=いたて」というのは、「伊太代=いたて」の神がここにおられたので、その神の名を里の名にしたとあります。 ここでは、「達」が「たて」と読まれています。

揖保郡の飯盛山の地名説話では、讃岐国宇達郡から来た飯盛大刀自がこの山を占拠したので飯盛山と名付けたとあります。讃岐国宇達郡は『和名類聚抄』では鵜足郡と表記され、「鵜足 宇多利」とあるので、「宇達 うたり」が成立し、「達」が「たり」と読まれています。

このように、「たちつてと」と「らりるれろ」は入れ替わるので、「乙 イリ」の読みもあったと考えています。

四 丁

国語辞典を引くと、「よほろ【丁】(後世「よぼろ」「よおろ」とも)古く 朝廷のために徴発されて使役された人民、律令制では正丁がこれにあてられる。」とあります。

この「丁 よほろ」が、「丁 よほと」と読まれたのではないかと思われる箇所が『播磨国風土記』にあります。

 

揖保郡大家里で、隣の大田村の「与富等」の地を求めてやって来た人が荷物を落とす話があります。この「与富等」の地は、姫路市勝原区丁(よろ)が遺称地とされています。 この記事から判断すると、「丁 与富等 よほと」と発音されていたと考えられます。 

五 高麗大臣伊梨柯須弥

『日本書紀』皇極天皇元年に高麗国の使人が難波津に来て、金銀等を献上した時に、「大臣伊梨柯須弥が大王を殺し、弟王子の児を王にした。」と告げた話があります。この「伊梨柯須弥」は高句麗、新羅、百済の歴史書『三国史記』に「泉蓋蘇文」と表記される高麗の大臣のことであると、日本、韓国の学者が認めています。

なぜ「泉蓋蘇文」を「伊梨柯須弥」と表記したのか? 日韓の学者が古代の文献で「泉」の訓読みを調べたら、「泉」は「乙」とも表記され、「泉=乙=イリ、オル」と判明しました。姓の「泉」を訓読みで「伊梨 イリ」と表記し、名前の「蓋蘇文」は音読みで「柯須弥 カスミ」と表記したことがわかりました。

六 高麗使人乙相賀取文 

『日本書紀』斉明天皇六年春正月一日に、高麗の使人乙相賀取文ら百人余りが筑紫に停泊したという記事があります。夏五月八日には高麗の使人乙相賀取文らが、難波館に到るという記事があり、秋七月十六日には高麗の使人乙相賀取文らが帰るという記事があります。

高麗使人乙相賀取文とは誰でしょうか?

驚いたことに、日本書紀の岩波文庫版の校注にも、小学館版の校注にも、「乙相賀取文」は誰なのかは書いてありません。こんなに大勢で来日して、三回も記事になっているのに、誰のことかわからないとは! 「高麗の使者(いつ)(そう)()()(もん)ら百人余りが筑紫(つくし)に停泊した。」と現代語訳する小学館版の上欄の注には、「乙相」は高句麗の官位。「賀取文」は高句麗外交使節団の大使として来朝した高句麗人。他に史料なく、未詳。と書いてあります。

私は一瞬「え!」と思いました。「賀取文」は「カスミ」と音読みできるから、皇極天皇元年に記事がある高麗大臣「(イリ)カスミ」の異なる表記と考えられるのに、なぜ他に史料なく、未詳。などと書いてあるのでしょう?

私は、「乙相賀取文」は「泉蓋蘇文」だと考えています。これからそれを証明したいと思います。

 

「乙相」の「乙」は「イリ」と読み、「泉」の訓読み「イリ」の異字表記です。「相」は「宰相、首相」などの官位を表し、「乙相」➡「泉宰相」となります。次に、「賀取文」を音読みすれば「カスミ」➡「蓋蘇文」です。即ち、「乙相賀取文」➡「泉宰相カスミ」➡「泉蓋蘇文」。  

八 おわりに

韓国ドラマで大活躍する高句麗の「泉蓋蘇文」! その来日の記事が無視されているのがとても残念で、少しでも知ってもらえたらと、この論文を書きました。

          令和元年十二月   孝橋明子

【引用・参考文献一覧】(五十音順・発行年順)

『文献史料』       

『日本書紀』坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋.校注(ワイド版岩波文庫)岩波書店 二〇〇三年  

『日本書紀』小島憲之 直木孝次郎 西宮一民 蔵中進 毛利正守 校注.訳 小学館 二〇一二年

【風土記】

『風土記』秋本吉郎校注(日本古典文学大系2)岩波書店 一九五八年

『新解 播磨国風土記揖保郡条』たつの市風土記ゼミナール たつの市教育委員会 二〇一六年 

【その他史料】

『和名類聚抄』正宗敦夫校訂 風間書房 一九七七年 

『三国史記(1~3)』金富軾 井上秀雄訳注 東洋文庫 一九八〇年~一九八六年

【辞典】

『日本国語大辞典』一~二〇巻 日本大辞典刊行会編 小学館 一九七二~一九七六年

『大漢語林』鎌田正・米山寅太郎著 大修館書店 

一九九二年

『漢辞海(第三版)』戸川芳郎監修 佐藤進・濱口富士雄編 三省堂 二〇一一年

【一般書】

『韓国語変遷史』金東昭著 栗田英二訳 明石書店 

二〇〇三年

 TOPへ戻る