剣璽とは何か

1)はじめに                         

令和元年5月1日、即位された天皇は「剣璽等承継の儀」で、皇位のしるしとされる「三種の神器」のうち剣と璽(勾玉)を、国の印章の「国璽」と天皇の印の「御璽」とともに受け継がれました。(新聞の記事より)

「璽=勾玉」? 「璽=国璽.御璽」? 「三種の神器」とは? 承継された勾玉とは? こんな疑問を古事記.日本書紀の原文や漢和辞書を参考に考えてみたいと思います。

 

2)漢和辞書で「剣璽」を調べる     

「剣(劔 剱 釼)」ケン ①両刃のかたな。つるぎ。

「璽」ジ ①しるし。ア)印 イ)天子の印章  

「剣璽」ケンジ ①剣と玉印。天子の位を示す宝物。天子の位。(注)もと、漢の劉邦が蛇を切った剣と伝国の璽とをいった。②(日本特有の意味)皇位を示す剣と勾玉。また三種の神器。 

*漢和辞書は日本の国字である「釼」も載っている『漢辞海』(三省堂)を使用しました。

 

3)「三種の神器」とは?

古事記によると、天神はヒコホノニニギノミコト(日子番能迩々藝命)が天降る時に、「八尺勾璁鏡及草那藝釼」を副えられました。①八尺勾玉() ⓶(八尺)鏡 ③草那藝釼

日本書紀によると、天照大神はアマツヒコヒコホノニニギノミコト(天津彦々火瓊々杵尊)が天降る時に、「八坂瓊曲玉及八咫鏡草薙劔三種寶物」を副えられました。①八坂瓊曲玉 ⓶八咫鏡 ③草薙劔

 

天孫ホノニニギノミコトは、「①大きい勾玉 ⓶大きい鏡 ③草なぎ劔」と共に降臨されたと記紀に書いてあります。 後に、その三種寶物を「三種の神器」と呼ぶようになりました。

 

 

4)継体紀の璽符と持統紀の神璽

歴代の天皇は、何を継承したのでしょうか? 古事記は、天皇即位時の承継宝物については何も述べていませんが、日本書紀は、継体天皇が即位された時、臣下が「鏡釼璽符」をたてまつるとあり、同じく、持統天皇即位の時、臣下が「神璽釼鏡」を皇后に奏上すると書いてあります。

 

第二十六代継体天皇元年二月に‛大伴金村大連乃跪上天子鏡釼璽符‘という原文が、‛大伴金村大連、乃ち跪きて天子の鏡剣の璽符(みしるし)をたてまつりて’と訓読されています。(ワイド版 岩波文庫)解説には、璽符は曲玉を指すとの説もあるが、天子としてもつべきシルシのものの総称で、「鏡剣」=「璽符」と書かれています。 即ち、継体天皇は、「天子のシルシ(鏡と釼)」を受けて即位したとされています。 

 

第二十五代天皇に子がなくて、第十五代天皇の五世の孫とされる継体天皇は、「鏡と釼」だけを受け継いで、皇位継承したのでしょうか? 中国.韓国ドラマでは、「玉璽.玉印」は皇位.王位継承に必須とされています。 日本でも同様だったのでは? 私は、「鏡釼璽符」は「鏡と釼と璽符(天子の印章)」を意味する並列の語彙と解釈して、継体天皇は「鏡と釼と玉印」を受け継いで即位されたと考えます。 

 

第四十一代持統天皇紀では、四年春正月 ‛忌部宿祢色夫知奏上神璽釼鏡於皇后‘という原文が、‛忌部宿祢色夫知、神璽(かみのしるし)の剣.鏡を皇后にたてまつる。’と訓読されています。(小学館版、岩波文庫版) ここでも、諸本は、「神璽」=「釼鏡」と解釈しています。私は、神璽=釼鏡ではなくて、神璽(天子の印章)と釼と鏡は並列の語彙と解釈して、持統皇后は「玉印と釼と鏡」を受け継いで天皇に即位されたと考えます。

 

持統女帝より半世紀前の新羅の善徳女王(在位632年~647年)を描く韓国ドラマ『善徳女王』には、王位継承に必須の「玉印」を管理する「璽主」が登場します。「璽主」が大きな権力を持ち、善徳女王の即位を阻止して、璽主自身が王になろうとする事件があり、私はこのドラマで「璽」の重要性を認識しました。

 

5)剣璽等とは何か?

 

令和元年、天皇は「剣璽等承継の儀」で、「剣と勾玉と国璽.御璽」を受け継がれました。「剣」は漢の劉邦が蛇を切った剣に因んで、スサノオ尊が大蛇を切ってその尾から得た釼(草なぎのつるぎ)です。(本物は名古屋の熱田神宮にあるそうです。)「璽」は国の印章の「国璽」と天皇の印の「御璽」です。「等」は「八坂瓊曲玉」を示しています。漢字本来の「剣璽」の意味(剣と玉印)に、日本特有の意味(剣と勾玉)も含めるために、「剣璽等」という曖昧な語彙を使って、「剣」と「玉印」と「勾玉」を意味しています。